アンソロジー『MARGE(まるげ)』 試し読み公開

いよいよ週末、文フリ東京で『MARGE(まるげ)』が初頒布となります。ブースはA-13 オカワダアキナさんのサークル ザネリ  に委託をお願いしています。オカワダさんもこのアンソロによいお話を書いてくださっていますよー。

さて、あらためてざっくりこのアンソロを紹介するとですね。「ピンクのまるげとは何か」を合言葉に12人が掌編を書いて手製本にまとめたものです。「まるげ」とは何かが丸まった様子を指す古い言葉。手製本の表紙に使われた絹布の模様と、不思議可愛いことば「まるげ」からさまざまな空想がひろがりました。ぜひ手に取ってピンクのまるげを目撃してください!
今夜はひとまず冒頭のご紹介です。(掲載順)

1.海ほどく   塒之

 おいしそうなものの包み紙を外したら、おいしそうなものが入っているのだけれど、調理してお召し上がりくださいって。えっこんなキラキラした包み紙、ピンクに光ってお菓子みたいなのに、ちょうりして? しないとめしあがれないと? とじっくり見れば見るほど包み紙と同じピンクが黒い暗い海の中でざんぶと波打っており、ああ、こんな丸くて暗くて掌に乗る海があったのねえ、と感心するけれども、海。海の幸じゃなくて海。こんな甘い香りをさせておいて海!


2.ベイビー・ベイビー・ユニバース   座木春

 僕の想い人は地球の生まれで、地に足が着いた人である。彼の横顔を見ていると、僕はつくづく思うのだ。「重力って偉大だ」と。僕は土星出身で、そのためか落ち着きに欠けている。らしい。僕も自分でそう思う。だから到底叶わぬ恋でも、胸に秘めたまま楽しめるのかもしれない。
「あまり散らかすんじゃないぞ」
 僕が「マルゲ」を開けた途端、ハヤブサの声が飛んできた。途端、ミクロ・キャンディの七色の欠片が流星雨みたいに飛び出してゆく。僕は軽く片目をつぶり、大人しく「ゴメンね」と謝った。ハヤブサは眉間に皺を寄せたが、それ以上は怒らない。真面目である以上に、彼は優しい。


3.らちがい・まるじなる   磯崎愛

 かつて文字は隙間なく連なっていた。ひとびとはそれを読み上げながら書き写した。でなければ意味を追うことがむずかしかったのだ。
 そなたはきっと「書物」とやらに興味があるのだろうな。しかも余がこうして見えるとなれば、銀河の周縁に住まうものに違いない。なにしろ中央にいるものたちはせっかちなのだ。彼らは規矩にこだわり埒外のものを好まない。つまり、余のようなものどもを生かし続けるには、その言葉に耳を傾けてくれる来館者とやらが必要なのだ。いましばらく付き合ってくれ。


4.あみるすたん羊に生えるもの  ツカノアラシ

 ピンクのまるげを探しに行こう、一張羅の服を着てピンクのまるげを曲がりくねったような町へ探しに行こう。さて、ピンクのまるげとは、如何。
 その日、私は知人の手紙でピンクのまるげを探しに、曲がりくねったような町へ出かけたのだった。
 暫く前に行方不明になった知人からの封書の中には、店名と場所が印刷された名刺サイズのカードと『君が探していたピンクのまるげを見つけたので、行ってみるといい』と書かれた便箋が入っていて。
 さて、ピンクのまるげとは、如何。


5.追想  凪野基

 解析依頼が来た。ずいぶん古い型の宇宙船のメインシステムで、適合するケーブルを探すだけでひと仕事だった。
 データを変換している間に、添付のメモに目を通す。「軌道を外れて漂流していたため通信を試みるも返答はなく、当局にて拿捕。外装大破、乗員は全員死亡」目新しいものではなかった。
 サルベージしたデータから、このシステムがおよそ一七〇年前のものであることを知る。船籍ははるか遠くの星系を示していた。


6.謎の宅配便  きよにゃ

「山野さん、お届け物です」
「ふぁい……」
 宅配便のチャイムで、昼寝を起こされた。寝床からのそのそと這い上がり、やけに軽い段ボールを受け取って欠伸を噛み殺す。ここ数か月残業続きで、休みの初日は丸一日眠らないと体が持たないのだ。
(なんか通販、頼んでたっけ……)


7.北辺の習俗と神の去譚   宮田秩早

 北辺に独(ひと)り神ありと云(い)う。
 神名(な)、人代にくだりてのちは詳(つまび)らかならず。
 その地、三方を海とし、森多けれど実り薄く、夏、短く、冬、海は氷に、森は雪にて閉ざされり。
 人、覡(みこ)*1をして神と交わり、神、夏(か)を与(あた)う。
 夏とは獣なり。*2
 その血肉は滋養となり、毛皮は寒さを退(しりぞ)け、骨は海と森の生き物を呼び、人を養う。


8.ぴさんり  うさうらら

 女は天井の一角をちらと見やって壁際の梯子を取り、その先をひっかけて足場を確認した。着物をからげ上がってゆく女の腿が、少女の顔の間近で擦れうごく。屋根裏は暗くて見えないが二方の小窓の位置からみてそれなりに広いようだ。積まれた木箱から目当ての箱を探す女に「勝手にいいのですか」と少女が云うと、箱を開けようとした女の手が止まる。


9.患者番号08396   嘉村詩穂

 十九歳の彼の名をもう誰も覚えていない。カルテに記された患者番号の他に彼を呼ぶ名はなく、08396と声をかければ、弱々しい声で「はい」と返すのだった。
 原因不明の病に徐々に冒されて、十余年にわたる入院生活と多量の投薬によって足は萎え、もはや満足に歩くこともままならない。豪商の家に生まれたとあって、はじめこそ着飾った親族たちが仰々しい手土産とともに彼を見舞ったものだが、その足も絶えて久しい。
 外聞をはばかり、座敷牢の代わりにと、この白亜の病院に彼を押しこめたのだろうとおのずと知れた。
 花を手に友が見舞いに来る様子もなく、隣の病床に眠る顔ぶれが入れ替わっても、彼はひとり同じ寝台に横たわたっている。


10.メディナ・ノート  雲形ひじき

 某日、アサギマルゲが売り切れだった。いつでも買えると思っていたからストックは0だ。入荷までのしのぎ方を思案していると「正規の物じゃないが、ピンクならあるゲ」左目の大きな店主がから出してきたのはピンクのまるげだった。
 ピンクに切り替えてもリタの食欲に変化はない。三日に一度、十匹を丸飲み。
 某日、熊本氏と帰る。読んでいる本のことで意見を交わした。概ね同意で愉快。駅で別れてから、よりうまい返しを思いついて反省。氏が飼っている猫はまるまるとした長毛で、腹を撫でろと自ら要求するらしい。リタは鱗の変温動物であり、互いの存在に慣れはするが懐くわけじゃない。朝夕霧吹きをしながら話しかけていると、仏壇の前に座っている心もちになる。


11.読み捨て   オカワダアキナ

 表向きは船宿だ。ぼろい相部屋だが似たような客同士で気兼ねない。シーツは古本屋のにおいがした。あんたの部屋といっしょだ。
「まるげをやりにきたんだろ」
 年かさの男がおれに笑いかけた。満月の晩、ロッカーの鍵を足首に巻くのはまるげ狙いのしるしだ。
「あれはたまらないよな……」
 おれは仕事の前は二回シコるが、まるげだから三発だ。同室の男どもとやさしく抜きあった。軒先の文庫は一冊五十円、あんたを忘れる旅に出た。


12.Mの孵化   かくらこう

 部屋は桃色の粘液菌糸で覆われている。元はベッドだった長方形の苗床にMは脚を抱え横たわっている。その格好は胎児に、蛹に、そして卵に似ている。Mの目蓋も口も鼻も体躯も粘液に包まれ、一見なめらかな石膏だ。頚椎から尾骨にかけて鬣が生え、それは水生植物のようにゆらめく。淡い光が鬣の根元から生じ、先端へ向けて移動し、宙へ逃げる。壁や天井は光を捕らえ、それを吸収して粘液菌糸の層を肥厚させる。壁の表層では処々泡がはじけ、甘い臭いが漏れ出る。腐りゆく果実の内に閉じこめられたような部屋だ。酔いを覚え、僕は跪き、苗床にもたれる。Mがコポリと息を吐く。もうお喋りしてはくれないのだ、この口は。 


以上12作品、続きが気になる作品はありましたか? あったらいいなー。見本を用意してオカワダさんがお待ちしています。ぜひお立ち寄りくだいね☆